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【感想】『仮面ライダージオウ EP10』: 満たされるものを探して (ジオウのりゅうずを回す)

ジオウのりゅうずを回す


当ブログでは、『ジオウのりゅうずを回す』と題するシリーズで、『仮面ライダージオウ』の感想や考察を毎週書いています。
この記事では、2018年11月11日に放送された仮面ライダージオウ EP10『タカとトラとバッタ2010』、及び東映特撮ファンクラブで配信されている仮面ライダージオウ 補完計画 10.5話『モーリ対シモヤマ』について書いていきたいと思います。
お付き合いお願いします。

人の本質

「魔王」と呼ばれた織田信長のことがなぜ好きなのかとツクヨミが尋ねると、順一郎は、人の本質は一面だけは判断できないことを説く。
それを受けて、ツクヨミは、自分の目でソウゴのことを判断すると決意。


ソウゴが、「魔王」と呼ばれている黎斗王の本質を見極めるために軍門に下ったことに、ツクヨミが気づいたのは良かった。
ツクヨミは比較的冷静に状況を俯瞰するため、ソウゴとゲイツの間を仲裁するには非常に都合がいいキャラクターだと感じる。
今回の話でゲイツはクジゴジ堂を出ていったが、これからはツクヨミがゲイツに帰ってくるように説得するような役割を担うのだろうか。


一方で、「自分の目で確かめる」と言っていた割には、ツクヨミは自分の目で何も確かめずに、ジオウのことをタイムマジーンで助けに行ったことは気になった
今回の描写を見る限りでは、ツクヨミは、順一郎の言葉の影響で、ソウゴのことをあっさりと信じられるようになったようにとらえられる。
なので、ツクヨミが「自分の目で確かめる」ような描写はどこかで必要だったような気がする。
そのようなシーンは、尺の都合で泣く泣くカットになってしまったのだろうか。

人と手をつなぐ

映司は、一人ではできないことがあることを教え、この国の全ての人と手をつなぐために政治家になったのだと伝える。
一方で、「どのような国を作りたいか」というソウゴの質問に対して黎斗王は、国の頂点に立って「檀黎斗大王」となり、全ての民を自身の下で跪かせたい、と答える。


映司が、『仮面ライダーOOO』における出来事を経験していなくても、「一人ではできないことがある」ことや、「手をつなぐ」ことに気づけたことをどう解釈していいかは人によると思う。
仮面ライダーであろうがなかろうが、火野映司の核となる部分が変わらない、と考えると喜ばしい。
一方で、アンクとの出会いがなくても、同じような結末に辿り着けた、と考えると割と残酷に思えるかもしれない。


一方で、黎斗王がかなりちっぽけな人間になっていたことが、『仮面ライダーエグゼイド』本編との大きな違いだ。
テレビ本編における黎斗は、「自身の神の才能で世の中を変えたい」というビジョンがあったからこそ、魅力的な悪役になっていた。
だが、EP09とEP10に登場した檀黎斗王には、そのようなビジョンはなく、ただただ王として民を意のままに動かしたい、という願望しかない。
黎斗王の夢を聞かされた時のソウゴの「それだけ?」という、落胆した様子が、黎斗王という人間がどれほどちっぽけなのかを表しているだろう。


国会議員である火野映司と、「王」を自称する檀黎斗王という二人の為政者を通して、ソウゴが「王の在り方」を学ぶ、という構造は凄い綺麗だと感じた。
「民」と手をつなぐことは、彼らの意思や考えを尊重して統治することを意味する。
よって、「民」と手をつなごうとする火野映司と、それを拒む檀黎斗王の二人の間では、為政者としてのスタンスの違いは明確だ。
この分かりやすい対比ができたからこそ、今回「ゲンム×オーズ編」にした意味は十分にあると感じる。

タイムマジーンvsキャッスルドラン

ソウゴは2010年に行こうとするが、オーラが操縦するキャッスルドラン風タイムマジーンに阻害される。
ソウゴは、オーズライドウォッチやオーズタジャドルコンボライドウォッチを使用し、タイムマジーンをモードチェンジさせて戦う。


タイムマジーンの顔が色々なライドウォッチに変わることができて、更に、そのライドウォッチ固有の能力も使えるのは、妄想の範囲が広がってワクワクする。
この設定があると、CG戦があるたびにタイムマジーンで新しい力が利用できるので、我々視聴者も飽きることなく楽しめるだろう。


恐らくキャンペーン品の販促のための登場だったのでそこまで深い意味はなかっただろうが、オーズタジャドルコンボライドウォッチが今回唐突に出てきたことには驚いた。
映司がライドウォッチを二つ持っていた理由は、果たして明かされるのだろうか。
中間フォーム系ライドウォッチがこれからも登場するのであれば、中間フォームのアーマータイムも見てみたい。

黎斗王の過去

ひたすらに頂点を目指した黎斗の父親は、檀黎斗に相当なプレッシャーをかけていたようだ。
そして、アナザーオーズの力を手に入れた黎斗は、父親の命を奪ってしまい、父親と同じ道を辿る。


エグゼイド編の改変の影響を受けたこの歴史における檀黎斗は、2000年問題の際にバグスターウイルスを発見することがなかったのだろう。
ということは、黎斗は、母親をバグスターウイルスに感染させて救うこともできていないだろうし、「神の才能」も持ち合わせていないだろう。
そう考えると、今の檀黎斗は、ただの強欲な「凡人」だと言える。
そのような黎斗アナザーオーズの力を得た時、その力を使って排除することでしか「父親」という存在を乗り越えられなかったことが非常に残念だ
そして結局、その父親と同じ道を辿り、世の中に認めてもらうために相手を支配することを選んでしまったのもまた皮肉だ。


『仮面ライダーエグゼイド』における檀黎斗は、「神の才能」を認めてもらいたいという「自己顕示欲」を満たすために、自分の価値観を世界中の人々に押し付けてしまった存在だ。
その「神の才能」や黎斗なりの生命倫理に対する考えなどの、黎斗という人間を魅力的にしていた要素が全てなくなり、ただの「欲望の器」と化したのが、檀黎斗王だと言えよう
これまでは、レジェンドの「核」となる部分が改変後の歴史でも変わらないことが描かれてきたが、今回の黎斗は、肝心の「核」となる部分が抜け落ちているような存在として描かれていたのは、これもまた面白い。

ジオウ オーズアーマー

ジオウは、火野映司から貰ったオーズライドウォッチを使用して、ジオウ オーズアーマーに変身する。


タトバコンボよりもスーパータトバに近いデザインだが、これもまた非常に魅力的なデザインだ。
アーマーがタカ、トラ、バッタに分割された状態で飛んできたが、これは玩具だとかなりプレイバリューがありそう。
オーラングサークルやコアメダルが「タカ」「トラ」「バッタ」になっていたのも、ジオウらしさが加わっていてまた良い。


ウォズが継承を祝福する際に「ハッピーバースデー」と言ってくれたのは、鴻上会長を彷彿とさせるいいオマージュだ。
強いて言うなら、本家のような迫力がもう少し欲しかった気がするが。(笑)

補完計画 10.5話

EP09から脚本家が下山氏から毛利氏に変わったことで、キャラクターが少々ブレ始めたことが言及されたが、私は正直そこはあまり気にならなかった。
ソウゴも、最初から「相手の考えを知るために行動する」ような存在として描かれていたので、EP09・EP10における行動に関しては特に違和感を覚えなかった。


一方で、ツクヨミが「自分の目で確かめる」と言った割にはすぐにソウゴを信用したことも、脚本家が変わったことによる影響だと言われていたが、私はそこには首を傾げた。
ツクヨミのあの一連の行動は、EP10内で完結していたので、下山氏と毛利氏の連携が取れていなかったことが悪いわけではない気がする。
脚本が云々より、単純に尺がなかったから泣く泣くカットされただけなのではないか。




仮面ライダージオウ DXタイムマジーン&オーズライドウォッチ

仮面ライダージオウ DXタイムマジーン&オーズライドウォッチ


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