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仮面ライダー・映画・音楽に関する感想と考察。

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感想『仮面ライダー電王』はなぜシリーズ史上最大の分岐点となったのか

『仮面ライダー電王』は、『平成仮面ライダーシリーズ』の8作目として、2007年から2008年まで放送された作品だ。


前作『仮面ライダーカブト』までは、『平成仮面ライダーシリーズ』はコンテンツとして非常に不安定で、いつシリーズが終わってもおかしくない状態にあった。
例えば、以下のページに掲載されてある表を見て分かる通り、『仮面ライダーカブト』までは玩具の売上は衰退する一方だった。

それが、今作の成功がきっかけで勢いを取り戻すことができて、『平成仮面ライダーシリーズ』が20年も続く長寿番組になっていった。


また、10年以上も前の作品だが、今作は数多くのファンから今でも愛されている。
私も、小学生の頃に今作に出会い、それがきっかけで『平成仮面ライダーシリーズ』のファンになった。
そして、大人になった今でも年に一回は観るほど好きな作品だ。
勿論、私以外のたくさんのファンを生み、根強い人気を博した。


更に、今作の成功は後年の作品に多大なる影響をもたらすこととなった。
シリーズ全体を俯瞰したときに今作が非常に重要な立ち位置にあったことが、『平成仮面ライダーシリーズ』の歴史を振り返ると分かる。
ということで、この記事では、なぜシリーズに大きな影響をもたらすことができたのかと、具体的にシリーズにどのような影響をもたらしたのかを探求していきたい。


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電車に乗る仮面ライダー

初代仮面ライダーの頃から、“バイク”に乗るヒーローであることが「仮面ライダー」の大きな特徴としてあった。


だが、今作のプロデューサーを務めた白倉信一郎氏も以下のように言及している通り、様々な法規制によって公道でバイクアクションを撮影することが難しくなったようだ。


加えて、2007年を生きる子供たちにとってバイクは、1971年に『仮面ライダー』を観ていた子供たちにとってのバイクほど身近でカッコいい乗り物ではなかった。
バイクの販売台数の減少*1などが、その背景にあるだろう。
そして代わりに、2004年に九州新幹線が開業したり、2007年7月にN700系が運行を開始したりと、何かと注目を浴びていた“電車”が、2007年を生きる子供たちにとって一番身近でカッコいい乗り物になったのだろう。
白倉氏は、今作の乗り物が“電車”になったことについては以下のように述べている。

『仮面ライダー』がうけたのは、当時の子供にとって1番かっこいい乗り物は"バイク"だったから。1番かっこいい乗り物に乗るヒーローが『仮面ライダー』だった。じゃあ今の子供にとってバイクがそうかっていうと、必ずしもそうとは言い切れない。じゃあ今の子供にとって1番の乗り物は何?"電車"だ。つまり、これこそが本当に仮面ライダーの精神を正しく受け継いでいるものなんだというのはどうだろうと監督と笑いながら話していました。


超!人気シリーズの登場 | 東映[東映マイスター]


よって、今作の乗り物が“電車”になったことは、仮面ライダーをずっと観てきた人たちにとっては衝撃的だったかもしれないが、2007年を生きる子供たちのことを考えると至って自然なことだったのかもしれない。




そして、今作では“電車”はただライダーが乗る乗り物として登場するだけでなく、モチーフとしても組み込まれている。


電王は、ライダーパスをデンオウベルトにセタッチすることで変身する。
このシステムは、当時都市部で浸透し始めたSuicaなどの非接触型ICカードを模している。

仮面ライダー電王 変身ベルト DXデンオウベルト

仮面ライダー電王 変身ベルト DXデンオウベルト

  • 発売日: 2007/02/10
  • メディア: おもちゃ&ホビー

まるで本当にICカードで駅の改札を通っているかのようなベルトのギミックが非常に斬新で面白い。


そして、ゼロノスは、ゼロノスカードをゼロノスベルトにアプセットすることで変身する。
このシステムは、デンオウベルトとは対照的に、当時はまだ主流であった磁気乗車券を模している。

レジェンドライダーシリーズ 変身ベルト 仮面ライダーゼロノス

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  • 発売日: 2010/04/24
  • メディア: おもちゃ&ホビー

一度使ったら終わりの磁気乗車券の特徴が、「変身回数の制限」「記憶を消耗する」といったゼロノスのデメリットとして物語にも生きていたことも非常に上手い。


また、“電車”モチーフの影響で、電車のミュージックホーンのようなメロディが変身ベルトに待機音として取り入れられた。
それまでの変身ベルトは、効果音や台詞などが発されることはあったものの、メロディが取り入れられることはなかった。
なので、デンオウベルトがメロディを取り入れたこと自体新鮮だった。
そう言ったメロディは、玩具版のベルトで子供たちが楽しく遊ぶうえでも大きな役割を果たしたと考えることができる
そしてこれを皮切りに、『仮面ライダーW』のダブルドライバーや『仮面ライダーOOO』のオーズドライバーなど、後の平成二期シリーズの変身ベルトでも、メロディが多用されるようになった。


このように、『仮面ライダー電王』といった作品をメインターゲットである子供たちに馴染めやすくさせるうえで“電車”は大きな役割を果たした


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時を超える電車

仮面ライダー電王は、時の列車デンライナーに乗り、未来からの侵略者イマジンと戦う物語だ。
実は、このような「時間モノ」は今作が初めてではなく、過去には『仮面ライダー龍騎』のタイムベントや『仮面ライダーカブト』のハイパークロックアップなどがあったように、物語内でタイムトラベルやタイムパラドックスを扱ったという前例はある。
しかし、メインのテーマに「時間」を据えた作品は今作が初めてだ。


今作では、デンライナーという電車型の乗り物がタイムマシンの役割を果たしているが、電車という子供たちの日常にとっても身近な乗り物を採用したことは結構理にかなっている。
まず、電車型であることによって、レールで過去・現在・未来が直線的につながっていて、その直線上を行き来していることを視覚的に表している。
よって、『33話 タイムトラブラー・コハナ』で登場した分岐点によって未来が枝分かれしていることを表現したように、レールを通して「時間」という概念を視覚的に分かりやすく表現することが可能となった。
そして、時間移動先の日付をチケットに表記することで、時間移動をするのだということがより分かりやすくなった。
こういった子供たちも慣れ親しんている電車のチケットやレールと言った要素を取り入れることで、タイムトラベルが子供たちにとって分かりやすい演出となったのだ


また、時間移動の描写方法にも着目したい。
タイムマシーンと言えば、やはり国民的アニメ『ドラえもん』に登場する秘密道具のタイムマシーンと、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に登場するデロリアンを思い浮かべる人が多いだろう。
そして、タイムマシーンの時間移動の表現方法はこの二つの作品で異なる。
ドラえもんのタイムマシーンは時空間を通って移動するのに対して、デロリアンは瞬時にタイムスリップする。
『ドラえもん』と『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を比較すると、やはり『ドラえもん』の方が日本の子供たちに馴染みがある。
なので、デンライナーの時間移動も『ドラえもん』寄りの表現で、「時の砂漠」という空間の中を走って時間移動する。
この「時の砂漠」という架空の空間は、日本の子供たちにとってより分かりやすい時間移動の描写を心掛けたことによって生まれたと言えよう。




とはいえ、大人でさえ「時間」という概念を理解するのが難しいのだから、時間モノは子供たちにとっては尚更難解だ。
だからこそ、「時間=人の記憶」という『仮面ライダー電王』なりの解釈を加えることで、何とか「時間」という概念を咀嚼させようという努力は見えた


そして、よくよく考えてみると、「時間=人の記憶」というこの解釈は、製作側の視点から見るとかなり納得のいく都合のいい解釈になっている。
というのも、この解釈のおかげで時間モノを製作するうえでの製作陣の負担はかなり軽減されたはずだからだ。
『平成仮面ライダーシリーズ』は、東京近辺で撮影をする必要があるうえ、決して高くはないテレビ番組の予算でやりくりしないといけない。
そのため、当然制約も多く、撮影当時の日本とは大きくかけ離れた時間を描くのは難しい。
だからこそ「時間=人の記憶」という解釈を加え、契約者の記憶に残っている時代にしか時間移動することができない、という制限を製作陣が自らかけたことで、2007年~2008年の日本に割と近い過去しか表現する必要がなくなった。
ただ、明らかに時間移動をしたと明らかに分かるような表現ができなくなったため、より分かりやすくする努力として季節や天候の変化などの描写方法を積極的に用いて現在と差別化した


このような細かい分かりやすさへの配慮によって、時間移動という難解な設定が少しでもメインターゲットである子供たちに伝わるように工夫された。


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”史上最弱”の仮面ライダー

第17話「あの人は今!も過去?」

『仮面ライダー電王』の製作が発表された際、仮面ライダー電王は”史上最弱”の仮面ライダーと銘打たれていたことを覚えている。

www.oricon.co.jp

主人公の野上良太郎が体力がない、内気な、不運続きの人物として描かれている。
「一番強いのは俺」と豪語していた前作『仮面ライダーカブト』の主人公の天道総司とは対照的な主人公だ。


そして、良太郎が”最弱”である様を今作はかなり極端なコメディを使うことで、メインターゲットである子供たちにも分かりやすいように表現している
不良軍団にタコ殴りにされたり、怪人に取り憑かれたりして、ただでさえかなり不幸な目に遭うが、良太郎の場合は「ギネス級」に運が悪いので、自転車にこいでいたら自転車ごと木の上に飛ばされたりもする。


そんな数々の不幸に巻き込まれながらも根気強く立ち上がるところに、良太郎の精神的な強さが現れている
不運や不幸という言葉にはどうしても暗いイメージがあるが、良太郎にはそれらから立ち上がるメンタルがあるので、それら全ての出来事を笑いに昇華することができる。
野上良太郎を演じた佐藤健さんも、放送開始前のインタビューでこのように述べている。

佐藤は良太郎に共感し「つらいことがあっても、めげないで明るく生きていこうという、実は強い気持ちを持った子なんだと思っています」と話す。

ホント!?史上最弱、史上最年少の仮面ライダー誕生! | ORICON NEWS

そんな良太郎の精神的な強さがあるからこそ、モモタロスたちイマジンを味方につけながら、時の運行を守ることができる
特に多くの人たちの印象に残ったのは、それまでモモタロスのことを怖がっていた良太郎が、『4話 鬼は外!僕はマジ』で泥棒に加担したモモタロスに「ごめんなさい」と言わせたシーンだろう。
私なんかは、このシーンで良太郎の芯の強さが垣間見えて、一気に彼のことが好きになってしまった。
それ以外にも、『10話 ハナに嵐の特異点』で消滅寸前のキンタロスを自分に入れることで救ったことはかなり勇気が要る行動だ。
キンタロスが良太郎の強さを認めていることにも納得がいく。
そもそも、特異点だからと言って半強制的に電王に変身させられた良太郎が、『2話 ライド・オン・タイム』の時点で「やらなきゃいけないこと」だと納得して電王として戦う決意をしたのは、かなりの勇気と決断力がないとできないことだ。


逆境を乗り越える精神的な強さが魅力の、どこか同情できたり親近感が沸いたりする良太郎という主人公が、『仮面ライダー電王』という作品の人気の根幹にあったと考える。




また、良太郎の『仮面ライダー電王』の作中での成長もかなり魅力的だ。
最初は時間の複雑な仕組みを理解できずに「何だかよく分からないけど」時の運行を守っていたが、イマジンの悪業を目の当たりにするうちに、時の運行を守ることがいかに大切なことかに気づいて、それを確固たる意思にする。
それと同時に、最初は異なる価値観を持っていた仲間のイマジンたちや桜井侑斗との絆も育んでいく。


そんな良太郎は、「時の運行を守る」ことと「仲間を守る」ことを天秤にかけるように強いられる。
桜井侑斗が記憶を消費しながら戦っていたり、良太郎が電王として戦うことが仲間のイマジンの消滅をももたらしたりすることに気づく。
最初、良太郎はその両方を認めず、仲間の自己犠牲には否定的な態度を示す。
そんな仲間の自己犠牲を阻止するために代わりに良太郎は一人で強くなろうとする。
しかし、やはり自分が一人で戦うことに限界があることを知り、仲間の大切さを改めて感じる。
更に、仲間のイマジンも桜井侑斗も野上愛理も、みんな時の運行を守るために自己犠牲を払っていることに気づく。
同じ意思を共有しているからこそ、「時の運行を守る」という仲間の意思を尊重して自己犠牲を黙認し、共に全力で戦うことを決意することができたのだろう。
イマジンの悪業を見たり、仲間との絆を育んだりすることで、自己犠牲に対する否定的な姿勢を変えることができたのが、良太郎という主人公の作中における最大の成長であり、『仮面ライダー電王』という作品の骨組みにもなっている。
そう、『仮面ライダー電王』は良太郎がイマジンや大切な家族・仲間に囲まれて成長していく物語なのだ。

<電王>それは、『時の列車』に乗り、仮面ライダーとなった少年が、時の旅人として自分を見出し、電車を降りるまでの成長物語。

― 映画『仮面ライダー超電王&ディケイド 鬼が島の戦艦』映画チラシ


『仮面ライダーシリーズ』のメインターゲットである子供たちには、広い世の中で知らないこともまだまだあり、一人でできることにも限界がある。
そんな子供たちにとって良太郎は、自分を投影することができ、どこか応援したくなる存在であるようになっている
だからこそ、子供たちにとって分かりやすいように極端に強調された良太郎の“最弱”な様子はキャラ付けとしては効果的だ。


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「敵」のイマジン

仮面ライダー電王 トーキングイマジン DXモモタロスイマジン

仮面ライダー電王 トーキングイマジン DXモモタロスイマジン

  • 発売日: 2007/11/10
  • メディア: おもちゃ&ホビー

今作の敵は、「イマジン」と呼ばれる未来からの侵略者だ。
契約者の望みを (時にはかなり強引な形で) 叶える代わりに契約者の時間を奪うという、テロに近いことを行う。
そんなイマジンの存在が、今作やそれ以降の作品に大きな影響を及ぼしたと私は考える。

日本語を喋る怪人

それまでの平成仮面ライダーシリーズは、怪人態で日本語を喋る怪人を極力避けてきた印象だ。
例えば、『仮面ライダークウガ』のグロンギは独自の言語を話していたし、『仮面ライダー555』のオルフェノクや『仮面ライダーカブト』のワームは怪人が喋るたび人間態で話している演出があった。
また『仮面ライダーアギト』のアンノウンはほとんど無言だったが、終盤で突然ぎこちない日本語が少し話せるようになり結果的に得体のしれない不気味さが加わった。
そして『仮面ライダー剣』では、アンデッドの相川始はジョーカーアンデッドの姿になると理性を喪失させ、冷酷な戦闘マシンと化してしまう。


しかし、これまで怪人態で日本語を喋る怪人を結構避けてきたのにもかかわらず、今作のイマジンたちは怪人態で難なくペラペラと日本語で話している。
イマジンたちが怪人態で日本語を喋る必要があったのは、『仮面ライダー電王』の物語においてイマジンたちは明確に意思を持ち、人間たちと (怪人態であろうが人間に憑依した状態であろうが) 常に意思疎通する必要があったからだと考察する。



たしかに、人間態を持たないのにもかかわらず明確に意思を持つ怪人が登場するのは、それまでの平成仮面ライダーシリーズではかなり珍しいことだったので、違和感を覚えた人もたくさんいただろう。
だが、イマジンたちが話せるおかげで、人間と怪人の関わり合いがより描けるという利点がある
契約者と、その望みを叶えるイマジンとのやり取りによって、今作の人間ドラマがより濃密になっている。




また、イマジンたちに意思があるということは善玉のイマジンもいることを意味するため、電王はイマジンを味方につけて戦うことができる。
『仮面ライダー剣』ではカテゴリーAのアンデッドの力を借りて変身していたので前例は一応あるが、電王におけるイマジンとの共闘はそれの発展形ともいえる。
『仮面ライダー電王』では、”史上最弱”の主人公である良太郎に善玉のイマジンが憑依することで、電王に肉体的な強さや戦いのセンスが付与される。
良太郎一人での戦いにはどうしても限界があるため、モモタロスたちの力は欠かせない。
一方で、逆にモモタロスたちイマジンだけでは電王は決して成立することはできなかった。
というのも、最初は暴走気味だったイマジンたちを良太郎が上手くコントロールすることで、電王として人々を守るために戦うことができるからだ
ときには良太郎とモモタロスたちはぶつかり合いながらも、最終的にはお互いの考えや価値観を理解し、共に協力して戦うようになっていく。
このようにモモタロスたちと真の意味で分かり合って共闘関係になれるのは、イマジンたちには明確な意思があり、意思疎通が可能だからだ。


つまり、モモタロスたちの強力な力が正しく使われるように良太郎が導くことで、電王はヒーローとして戦うことができている。
良太郎がいなくても、モモタロスたちがいなくても、「電王」というヒーローが生まれることはなかった。
電王システムはモモタロスたちありきの存在であるといった設定により、「敵味方が同格」という仮面ライダーシリーズを通して受け継がれてきたテーマを、メインターゲットである子供たちにとっても分かりやすく表現している
このようなライダーと怪人の関係性を描くうえで、イマジンが怪人態でも日本語を喋られることは欠かせなかったのだろう。




そして、イマジンが日本語を喋ることによって、戦闘シーン中の会話が増えたことも前作からの大きな変化だ。
『仮面ライダー電王』では、味方イマジンと敵イマジン (例 モモタロスとバットイマジン)、味方イマジン同士 (例 モモタロスとウラタロス)、良太郎と味方イマジン (例 良太郎とモモタロス) の掛け合いが戦闘中に楽しめるようになった。
その影響で、前作までは割と殺伐としていた戦闘シーンが、より賑やかで楽しいものになったと考えていいだろう。
これは、メインターゲットである子供たちが飽きやすい性格であることを考えたら、非常に合理的な変化だ。





このような『仮面ライダー電王』における人間と怪人の関わり合いがウケたからか、明確に意思があり、意思疎通が可能な怪人が以後の作品でも増えていった
『仮面ライダーOOO』のグリード、『仮面ライダーウィザード』のファントム、『仮面ライダードライブ』のロイミュード、『仮面ライダーゴースト』の眼魔、『仮面ライダーエグゼイド』のバグスターなどがその例だ。
そして、『仮面ライダーOOO』の火野映司とアンクや『仮面ライダーエグゼイド』の宝生恵夢とパラドなどで見られるように、仮面ライダーが怪人と共闘する展開も増えていった。
その影響で、人間という枠を超えたバディものをテーマに据える作品も増え、必然的に戦闘中の会話が増えるようにもなった。




このように、良太郎とモモタロスたちの共闘を通して仮面ライダーシリーズのテーマが従来の作品と比べて更に分かりやすくなったうえ、全体的な会話の増加を通して更に作品が楽しめるようになったことを考えると、メインターゲットである子供たちにとって喋る怪人の存在は非常に重要だったと言えよう。

キャラクターの極端さ

何といっても、イマジンたちが良太郎や優斗に憑依して共闘するところが、『仮面ライダー電王』の醍醐味の一つだ。
電王やゼロノスと共闘するイマジンたちには、イマジンの姿・ライダーの姿・(良太郎や優斗などの) 人間に憑依した姿、という主に三つの姿がある。
イマジンの姿やライダーの姿だと大きく見た目が変わるのでまだ識別できるが、人間に憑依した姿だと差別化を図るのは非常に困難だ。
特に、野上良太郎の場合だと4体のイマジンが憑いているので、野上良太郎を演じる佐藤健さんは (素の状態を含めると) 5つのキャラクターを演じ分けないといけない。
なので、どのイマジンが憑依しているのかをメインターゲットの子供たちにとって分かりやすくするために、イマジンたちはまるで漫画やアニメのキャラクターであるかのような極端なキャラクタ-になった
イケイケな戦い好きのモモタロス、女好きでナンパ師のウラタロス、マイペースな関西弁のキンタロス、子供っぽい無邪気なダンサーのリュウタロスなど、非常にカラーのあるキャラクターになっている。
今作の脚本家である小林靖子さんも、あるインタビューで以下のように語っている。

司会「キャラクターの色付けっていうか… モモタロスはこんなキャラとか、ウラタロスはこんなキャラとか… その辺りは… どこに寄ったんですか?その、桃太郎から発想していったのか…?」
小林靖子「いや。取り敢えずモモタロスが決まって、で、順々に出ていくので、前と違うキャラ、前と違うキャラ、っていう…」
司会「あぁ。じゃあ、基点を一つ置いて、そこの辺、差をそれぞれ作っていく、っていう…」
小林靖子「そうですね。一人が… 佐藤健君が一人で演じるので、ちょっと極端と言うか、カラーが変わらないと分からないというところで極端にしてましたね。」

― 白倉信一郎プロデュース作品を振り返る。第1回 ゲスト: 小林靖子 (脚本家) ~Part6~


また、イマジンたちのキャラクターは、脚本家、俳優、スーツアクター、声優と数多くの人たちが携わって作り上げられている。
携わる色々な人たちによってイマジンたちは新しいキャラ付けもなされて、どんどん特徴的なキャラクターになっていった、という部分も大きいだろう。
モモタロスのスーツアクターを担当した高岩成二さんも以下のインタビューで、アドリブで台詞が発生していったことについて述べている。

――現場に入ってから変わっていったことも多かったんですね
高岩:動きが変わるから、それに合わせて台本もちょくちょく変わっています。例えば、デネブ(味方陣営のイマジンの一人)のことを"おデブ"と言いだしたの僕なんですよ。デネブが初登場のときの会話で、"モモタロスなら聞き間違えるだろうな"と思って、ずっと言い間違えた体で演技をしていたんです。そしたらデネブのスーツアクターだった押川善文がそれに乗ってくれて、メインライターだった小林靖子さんも拾ってくださったんです。次第に台本に反映されていきましたね。それも監督は止めませんでした(笑) だから台本から外れたことをやっているわけじゃないんですけど、アドリブでどんどん台詞が増えていくんです。記録さんも僕の言ったことをちゃんとメモしておいてくれるんですよ。台本にない台詞は、声優の関俊彦さん(モモタロスの声を担当)にも伝えなければいけませんからね。

このように、高岩成二さんのアドリブだけでなく、様々な人たちによって肉付けされていった影響で、どんどん極端で濃いキャラクターになったとも言えよう。
加えて、アニメ畑で活躍する声優がイマジンの声を当てているのだから、アニメのような極端なキャラクターになるのは至って当然だ。




そんな中、記号的な表現を用いることなく5つの人格を演じ分けた佐藤健さんの力量はかなり凄い

第15話「銭湯(バス)ジャック・パニック」

人間に憑依する場合はイマジンやライダーの姿では直接的に見ることができない”表情”も加えつつ、イマジンたちの極端なキャラクターを自然に演技に落とし込まないといけない。
それを見事に成し遂げたおかげで、誰が見てもどのイマジンが憑依しているかが伝わるほどしっかりと差別化を図ることができていたうえ、イマジンたちに人間味も加わった (人間ではないが)。
また、佐藤さんがかなり楽しみながらイマジンたちを演じていることが伝わるので、視聴者側もかなり楽しんで憑依シーンを見ることができる。




イマジンたちが今となっても大人気な理由に、子供たちにとっても分かりやすい彼らの極端なキャラクターがあると考える。
だからこそ、佐藤健さんが芸能界で飛躍しても、イマジンだけで『仮面ライダー電王』の続編を様々な媒体で作ることができた。


例えば、テレビ本編終了後に電王をフィーチャーした映画が数多く作られた。

後者の『劇場版 超・仮面ライダー電王&ディケイド NEOジェネレーションズ 鬼ヶ島の戦艦』なんかは、佐藤健さんが演じる良太郎が出演することなく、『仮面ライダー電王』の続編として作られた。


更に、放送終了から12年経った今でもモモタロスたちが脚光を浴びることが多々ある。

www.excite.co.jp

このようにテレビ本編終了後にも様々な媒体でモモタロスたちが活躍できているのは、製作陣の諸事情にあまり左右されることなく、声優さえいれば再演させることが可能である、といった彼らの特性が大きく影響しているだろう。
そして、彼らの分かりやすいキャラクターのおかげで、モモタロスたちは世代を超えて今日の子供たちからの人気を集めることができているのだろう。


だが、テレビ本編製作時に脚本家、俳優、スーツアクター、声優の尽力があったからこそ、イマジンというキャラクターが完成し、人気を集めることができたことは忘れてはならない。

決め台詞

今作の大きな功績としては、平成仮面ライダーシリーズに「決め台詞」を定着させた点である。
『仮面ライダー響鬼』のヒビキの「鍛えてますから」のような口癖は前例としてはあったが、戦いの前に前後の会話とは関係なく唐突に発する決め台詞は『仮面ライダー電王』が平成仮面ライダーシリーズでは初めてだ。


「俺、参上!」はかっこつける派手好きなモモタロスの性格を、「僕に釣られてみる?」は言葉巧みに相手を手玉に取るウラタロスの性格を、「泣けるで」や「俺の強さにお前が泣いた」はパワーがあるが人情に脆いキンタロスの性格を、「答えは聞いてない」は自分勝手で強引なリュウタロスの性格を、
「降臨、満を持して」は高飛車なジークの性格を映し出している非常に秀逸な決め台詞だ。


そして、これらの決め台詞のおかげで、どのイマジンが憑依しているのかを子供たちでも簡単に識別することが可能となった
というのも、憑依や変身・フォームチェンジ直後にモモタロスたちは決め台詞を言うので、どのイマジンがいつ憑依しているのかが非常に分かりやすいからだ。
例えば、良太郎が突然「俺、参上!」と言ったらモモタロスが憑依していると子供の視聴者でもすぐ分かる。
この決め台詞は、前項でも述べた「イマジンの極端なキャラクター」にも影響を与え、更に記号的なキャラクターづくりへとつながったと言えよう。


モモタロスたちの決め台詞は非常に印象に残り、以後の視聴者たちも決め台詞を求めるようになった。
だからこそ、『仮面ライダーW』の「さぁ、お前の罪を数えろ」や『仮面ライダーフォーゼ』の「宇宙、キター!」に代表される数々の決め台詞の誕生につながった。


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ゲスト中心の物語

それまでの『平成仮面ライダーシリーズ』では、『仮面ライダー龍騎』や『仮面ライダー555』などのように、三人以上の多数の仮面ライダーによる群像劇を描いた作品が主流だった。
一方で今作は、テレビ本編に登場する仮面ライダーを電王とゼロノスの二人のみに絞った。


そして、群集劇よりかは、二話ごとに新しいゲスト (契約者) を登場させて電王やゼロノスと関わる様子を描く「ゲスト中心」の構成になった
この構成により、二話で完結するショートストーリーの連続によって今作の物語が進行することになり、その二話の前後編で描かれる内容に関する基本フォーマットがある程度確立された。
前編では、イマジンと契約者は契約を結び、契約者と良太郎たちが何かしらの形で関わり合い、電王やゼロノスが現在でイマジンを倒そうとする。
そして後編では、イマジンが強引に契約者の望みを叶えて過去に飛び、そして電王やゼロノスも過去に飛んでイマジンを倒す。
この基本フォーマットが第一話から最終話までずっと維持されたのが今作の大きな特徴だ。


前後編の二話完結は新しいものではなくて、『平成仮面ライダーシリーズ』では『仮面ライダークウガ』から基本のフォーマットとしてあった。
このフォーマットが採用されてきたことに様々な要因が挙げられると思うが、監督が基本的には二話ごとに交代するという製作上の都合が大きく影響していると推察することができる。
なので、これまでの作品を見ていると、たしかに二話ごとにある程度物語の区切りがあることが分かる。
ただ、今作では二週間ごとに変わるゲストを中心とした起承転結のある物語が二週間にわたって描かれるようになり、二話ごとの区切りがより明確になったと感じる


そしてこの物語も、かなり完成度が高い作りになっている。
人間には誰しも、自分の人生に大きな影響を与えた過去の出来事はあるだろう。
ゲストが後悔していること、忘れたいこと、変えたいことを現在で深掘りすることで、過去の出来事を明らかにする、というアプローチはドラマとしても非常に魅力的だ。




この「ゲスト中心」の構成には、実は結構色々な利点がある。


その一つとして、縦軸よりも横軸重視のより分かりやすい物語になった点が挙げられる。
「愛理の天体望遠鏡の謎」「桜井さんをめぐる謎」「分岐点の鍵」などの縦軸の物語もゲストの物語に絡んだりするが、その縦軸についていけていなくても、二話ごとのまとまりがあるゲストの物語を十分楽しむことができる。
途中から視聴開始したり、途中の話を何話か見逃したりしても、視聴者にとってはそこまで大きな影響が出ないようになった。


そして、一般市民を守るために戦う仮面ライダーの姿がより分かりやすく描かれていた点も挙げられる。
ライダーバトルが根幹にあった『仮面ライダー龍騎』などで見られた従来の群集劇のフォーマットでは、(良いか悪いかは別として) どうしても内輪で物語が完結しがちだった。
それが、今作では契約者といった形でゲストを登場させることで、より広い世界と仮面ライダーとの繋がりを視聴者に実感させることができた。


そして、今作以降の作品でもこの「ゲスト中心」の構成が重宝された。
鳴海探偵事務所に来る依頼者をゲストに据えて探偵ものを展開した『仮面ライダーW』などがその代表例だ。

『仮面ライダーW』の場合は、二話ごとに一つの事件を扱いながら「仮面ライダーと“街”」の関係性を映し出すことができ、「ゲスト中心」の構成との相性が非常に良かったと感じた。


このように、メインターゲットである子供たちにとっても分かりやすい物語や仮面ライダー像が描かれた点では、今作が始めた「ゲスト中心」の構成は功を奏したと考えることができる。


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結論

『平成仮面ライダーシリーズ』に入ってからは大人の視聴者を取り込む努力が見られた。
とはいえ、「仮面ライダー」はあくまでも子供向けのコンテンツだ。
だからこそ、当たり前なことに聞こえるかもしれないが、子供たちにどれほど受け入れられるかがシリーズの命運を左右する。


シリーズが衰退していくなか改革を迫られた今作は、子供たちにとって分かりやすくて楽しい作品を作る、といった観点から、モチーフ、物語、キャラクター、玩具、テーマなどの作品を構成するあらゆる要素を再構築していった
子供たちにとって分かりやすくて楽しい作品を作る、というのは一見シンプルなことであるように思えるが、それを今作は非常に斬新で精巧な工夫によって実現した。
「電車に乗る仮面ライダー」「時を超える電車」「“史上最弱”の主人公」「日本語を喋る怪人」「極端なキャラクター」「決め台詞」「ゲスト中心の物語」がそれらの工夫にあたる。
そして、これらの諸々の工夫により子供たちからの支持を集めることができ、今作は成功を収めることができたのだろう。


今作の工夫が大人の声優ファンやアニメファンを仮面ライダーの世界に取り込んだのは紛れもない事実だが、それはあくまでも副次的効果である。
メインターゲットである子供たちにとっての分かりやすさと楽しさを考え直したうえで挑戦を行ったからこそ、『仮面ライダー電王』は今でも根強い人気を誇るのだろう。


そして、『仮面ライダー電王』の要素が後年の作品でもまるで呪縛のように引き継がれることになり、その後シリーズ全体に多大なる影響を及ぼした
だからこそ、今作は『平成仮面ライダーシリーズ』の分岐点となったと、今振り返ると思える。




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