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感想『ジョーカー』はどのように「理解できない」悪役に理解をもたらしたのか

2019年で恐らく最も話題になった映画といえば、やはりトッド・フィリップス監督の『ジョーカー』だ。


バットマンの敵であり、アメコミ史上最も有名な悪役であるジョーカーの単独作品だ。
ジョーカーは、邪悪なユーモアで残虐な犯罪を犯すヴィランとして我々に馴染みがある。
ゲーム感覚で笑いながら人の命を奪うところから、その狂った様が見て取れる。
その不気味な性格を見事に表現した映画として、『ダークナイト』が割と記憶に新しい。

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このような過去にジョーカーを描いた作品を観る限り、ジョーカーは我々には理解できないほど狂ってしまった存在だ。
今作は、これまでの作品で出自や背景がほとんど明かされなかったジョーカーに納得できる出自を付与するという難題を課されてしまった作品だ。


そんな今作は、国内外でかなりの人気を博していて、興行成績も非常に順調だ。

一方で、物議を醸している映画である点でもかなりの話題作だ。
というのも、今作が現実でも暴力を助長する「危険な映画」である、といった声もあるからだ。


良くも悪くも話題になっている今作を、普段はあまりアメコミ映画を観ない私も公開直後に観に行った。
なので、その感想を述べつつ、どのようなアプローチでジョーカーに出自を付与したのかを考察していきたい。


この記事では、マーティン・スコセッシ監督による二つの名作映画『タクシードライバー』と『キング・オブ・コメディ』についても触れていくことについては留意しておいてほしい。
というのも、今作はこの二作から色濃く影響を受けていることを、フィリップス監督が公言しているからだ。

He talked about the origins of his origin movie, how originally he pitched a whole new label to Warner Bros called DC Black, but instead zeroed in on turning out his vision of Joker, one that he essentially wanted to make because he felt you could get to do smart, dark 70’s/80’s style thrillers in today’s franchise oriented studio world by taking one of those characters and putting them in another milieu aping movies like Taxi Driver and The King Of Comedy rather than what was being done with other DC movies.

和訳: 彼 (トッド・フィリップス監督) は元々「DC Black」と呼ばれる新たなレーベルをワーナーブラザーズで立ち上げようとしたが、代わりに『ジョーカー』を製作することになった。というのも、昨今のフランチャイズ志向の映画界のキャラクターを『タクシードライバー』や『キング・オブ・コメディ』のような作品に似た世界の中で描くことで、70年代・80年代風のスマートで暗いスリラー作品を製作できると考えたからだ。それが、ジョーカーの出自を描く映画を製作した経緯だ。


[WATCH] Todd Phillips Talks ‘Joker’ And Director’s Career — Behind The Lens – Deadline, 和訳は引用者による


よって、この記事には今作だけではなく、『タクシードライバー』や『キング・オブ・コメディ』に関するネタバレも含まれている。


ジョーカー(字幕版)


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都会の中の孤独

恐らく、『ジョーカー』を観に行ったほとんどの人は、ジョーカーがどんなヴィランなのかは知っていただろう。
なので、今作には、”ジョーカー”という結果よりかは、”一人の人間がジョーカーに至るまでの経緯”で観客を惹きつける構成にする必要があった。


そんなジョーカーに変貌してしまった人間を描くべく、荒れ果てたゴッサムシティに生きるアーサー・フレックを主人公に据えた。
アーサーは、大道芸人として働きながら母親の介護をし、”発作的に笑いを起こす病気”を患いながらも、母の「どんな時も笑顔で」という言葉を信じて「人々を楽しませる」ために行動する人間だ。


しかし、ゴッサムシティはアーサーの「人々を楽しませる」ための行動、ましてやアーサー自身の存在すらをも認めてくれない
例えば、些細なところで言うと、自動ドアに認識されずに、立ち往生してしまったり。
大道芸人として人々を笑わせようとしたら、不良少年たちに邪魔されてボコボコにされたり。
自分の悩みや苦しみを打ち明ける場所となっていた社会福祉プログラムのカウンセリングが、市の財政難により打ち切られたり。
電車の中で変顔をして子供を笑わせようとしたら、その子供の母親に怒られたり。
母ペニーに寄り添いながら頑張って介護していたら、実はペニーがアーサーを騙していたことが判明したり。
とにかく、社会がアーサーの行動や存在そのものを認めてくれないため、アーサーはどんどん社会から孤立していくようになる。




『タクシードライバー』の主人公トラヴィス・ビックルも、アーサーと同じく社会からの孤立で悩んでいた人間だ。

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そんなトラヴィスは、帰還兵でありながら不眠症を患っていたせいで、社会での居場所を失くし、更には周囲からズレた”普通でない”感覚を持つようになった人物として描かれている。
そして、”普通でない”感覚を持つからこそ社会に上手く適応できずに結果的に孤独になってしまう。
トラヴィスがベツィという女性をデートで卑猥な映画に連れて行き、それに腹を立てたベツィにフラれてしまうシーンなどは、まさにトラヴィスの社会からのズレを表している。


今作でも、アーサーは周囲から見たら”普通でない”せいで社会から孤立していることが描かれている。
アーサーの場合は、”発作的に笑いを起こす病気”を患っていることが、社会とのズレの原因となっている。
コメディを見ているときにアーサーの笑いのツボが周囲とはズレていることを描くシーンなどが、その一例だ。


ただ、『タクシードライバー』のトラヴィスに寄り添おうとしてくれる人は一定数いたものの、アーサーの周りにいる人々のアーサーに対する態度はかなり酷だ。
アーサーの人生においては、一番大切にしてくれるはずの両親さえもが彼に寄り添ってくれなかったのだ。
そう考えると、今作は、孤独という社会問題をより悲劇的なものとして描いている。




「孤独」は多くの人々が直面している現実であり、世界的にかなり問題視されている。
例えば、イギリスでは「孤独担当大臣」が新設されたことからも、その問題の深刻さが見て取れる。

人間関係が希薄になりがちな都市でそのような現象が特に見られ、日本では東京などの大都会でも「孤独」が問題となっている。
例えば、以下のリンク先の記事からも分かる通り、孤独死が全国的にも年々増加傾向にあり、特に東京23区では問題になっている。


「孤独」という問題は、現代社会に生きる多くの人にとっては決して他人事ではないだろう。
だからこそ、アーサーのような孤独の中で生きる人の境遇に理解を示すことができる。


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嘲笑われる「バケモノ」

『タクシードライバー』との大きな違いの一つは、アーサーの精神疾患そのものがゴッサムシティの人々から疎外される原因になっている点だ。
電車の中で発作的に笑い始めたときに、同じ車両にいた証券マンたちに痛い目に遭わされたり。
自身のコメディショー中に発作的に笑い始めた映像が、テレビ番組「マレー・フランクリン・ショー」で滑稽にされたり。
なので、アーサーは誰にも受け入れられず、結局社会からは「バケモノ」として拒絶されてしまう。


アーサー自身は“普通でない”状態から抜け出し、”普通”になろうと努力していることが伺える。
例えば、社会福祉プログラムのカウンセリングで処方薬を増やすようにも要求するシーンが、それを表している。
ただ、カウンセリングが打ち切られたことで薬を処方してもらえなくなり、その”普通”になろうとする努力までもが認められなくなった。


そんなアーサーが自分のネタ手帳に書いた以下の言葉が映し出されるシーンがある。

The worst part of having a mental illness is people expect you to behave as you don't.

和訳: まるで精神疾患を患っていないかのように行動することを求られるのが、精神疾患を患うことの最も嫌な点だ。


― 映画『ジョーカー』(2019), 和訳は引用者による


この言葉は、冷酷な社会の中で生きるアーサーがコントロールできない病気と向き合いながら味わっている閉塞感を表している。
”普通でない”ことが認められないゴッサムシティで生きないといけないアーサーの人生は正に悲劇だ。




世界では、精神疾患が増加していることもあり、近年その問題は更に注目されるようになってきた。

しかし、やはり精神疾患の問題には十分な対策が講じられている世の中になっているとは言いにくい。
その結果、精神疾患を患った人に関する事件は、世界中で今もなお後を絶たない。
日本でも、障がい者の少年を父親が檻に監禁していたという事件が最近話題になった。

https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4185/


このように、支援体制が不十分であったり、一人ひとりの精神疾患への理解が欠如していたりすることは、ゴッサムシティだけでなく現代社会にも通ずる部分だ
そして、精神疾患だけでなく、世間一般で言う”普通”とは違う人に対する差別や偏見がまだまだ我々の現代社会には根付いている。
だからこそ、精神疾患の影響で社会から疎外されているアーサーの悲劇的な人生に、我々は理解を示すことができる。


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承認欲求の渇望

人間は、「孤独」に対して苦痛を感じる仕組みを持つ生き物だ。

古代から、人間が敵と戦い自らの生存を担保していくためには、何より、他者(仲間)との結びつきが必要だった。敵を倒すために共に戦う。食べ物を共に確保し、分け合う。そのつながりから放り出され、孤立することはすなわち「死」を意味していた。「孤独」は、のどの渇きや空腹、身体的な痛みと同じ脳の回路によって処理され、同等、もしくはそれ以上の苦痛をもたらす。

そのつらさを避けようと、水を飲んだり、食べ物を口にしたりするように、孤独な人も「苦痛」から逃れるために、自らつながりを求めるようになる。これが人を孤独から遠ざける、本能的なディフェンスメカニズム(防御機能)の基本的な仕組みだ。


無差別殺傷を引き起こす絶望的孤独の正体 世界一孤独な国を作った我々の責任 (3/4) | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)


そんなアーサーは、孤独から逃れるために社会からの承認を求め、それが結果的にアーサーのジョーカーへの変貌の鍵にもなった。


『タクシードライバー』の主人公トラヴィスと、『キング・オブ・コメディ』の主人公パプキンも、承認欲求に渇望する人たちである点では今作と共通している。
『キング・オブ・コメディ』で、主人公のルパート・パプキンは、憧れのテレビ番組「ザ・ジェリー・ラングフォード・ショー」に出演するために、ジェリー・ラングフォードを誘拐してしまう。

The King of Comedy (字幕版)

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  • メディア: Prime Video

このシーンは、社会的な罪を犯してまでして名声を手に入れたかった、承認欲求に渇望する男の姿を映し出している。


アーサーは、自身の孤独を埋めようとして「世間 (社会) からの承認」に対する憧れがどんどん肥大化する。
例えば、自分がショーで観客を笑わせたり、ソフィーに愛されたりする姿を妄想していたのは、現実世界では満たされない承認欲求を、アーサーの脳は妄想を生み出すことで必死に満たそうとしていた、ととらえることができる。
また、アーサーがマレー・フランクリンに憧れていることからも、名声への執着心も見えてくる。


面白いことに、『キング・オブ・コメディ』で「ザ・ジェリー・ラングフォード・ショー」の司会者に憧れていたルパート・パプキンを演じたロバート・デ・ニーロさんが、今作では今度はアーサーに憧れられるマレー・フランクリンを演じている。
このキャスティングは意図的なものであったと、今作のフィリップス監督も認めている。

フィリップス監督は「トークショーのホストが30年くらいその番組をやっているように感じさせたかった。その役のキャスティングで僕と脚本を一緒に書いたスコット・シルバーの夢はロバート・デ・ニーロだった。理由の一つはマーレイがロバートだから。そして少し『キング・オブ・コメディ』とのつながりがあるんだ」と、マーレイはロバート自身のように誰からも憧れられる存在で、さらに1982年の映画『キング・オブ・コメディ』でロバートが演じたコメディアン志望の男性へのオマージュでもあると明かす。


悪のカリスマを描く映画『ジョーカー』にロバート・デ・ニーロを起用できた理由とは? (2019年9月9日) - エキサイトニュース


同じくロバート・デ・ニーロが演じる『タクシードライバー』のトラヴィスは、暴力によって社会に自分の存在を知らしめそうとした。
というのも、社会が敵であったトラヴィスにとって、その社会の象徴でもある「クズ」どもを排除することがトラヴィスなりの自己主張だったからだ。


今作におけるアーサーも、結果的に暴力でしか承認欲求を満たせなかった人間だ。
電車の中で証券マンたちの命を奪ってしまった事件は、そんなアーサーの承認欲求を満たすきっかけとなる。
というのも、アーサーが起こした事件は、富裕層への復讐として貧困層に称賛され、社会に”混乱”を巻き起こす社会問題となったからだ。
アーサーとしては、ただ自分のことをからかう人間を排除したに過ぎないものの、結果的にアーサーへの間接的な承認につながったことに変わりない。
更に、「マレー・フランクリン・ショー」でマレーの命を奪ったことで、アーサーという人間が直接的に脚光を浴びることができた。
マレーがアーサーのことをからかってきたことが発端となったこの出来事が、更なる”混乱”を巻き起こし、ゴッサムシティは更に荒れてしまった。


自分がこの世に存在しているかどうかが分からなくなるほど社会に拒絶されてきたアーサーが、”混乱”を巻き起こしてその社会を破壊しようとした結果、初めて社会的に気づかれる存在となった
そして、得られた承認に快感を覚えてしまったからこそ、反社会的な存在としてのジョーカーは生まれてしまった


ゴッサムシティの貧困層も、アーサーと同様に承認を求める人たちであることが描かれている。
裕福な上流階層の人たちに、自分たちの困窮状態に気づいてもらおうするが、上流階層はその現状を無視し続ける。
その象徴として、上流階層のウェイン一家は、街中でデモが起きている間に平気で映画『ゾロ』を鑑賞していたシーンがある。
ゴッサムシティの貧困層は暴徒と化することで漸く上流階層たちに気づかれるようになるが、更なる承認を求め続けた結果、最終的には終盤のような”混乱”を巻き起こすことになる。
つまり、社会の一員として見なされ続けなかった貧困層が、”混乱”を巻き起こしてその社会を破壊しようとした結果、初めて社会的に気づかれる存在となった


ゴッサムシティの人々がアーサーを社会から排除しながら、皮肉なことに同じゴッサムシティの人々が社会を破壊するアーサーの言動を称賛したからこそ、ジョーカーが生まれてしまった。
つまり、ジョーカーは「ゴッサムシティが生んだ悪」と解釈することができる。


勿論、人の命を奪う行為は決して許されるべきではないし、如何なる理由であれ肯定してはならない。
ただ、承認欲求は誰にでもある感情だからこそ、そのせいで歪んでしまったアーサーのことが観客にはなんとなく理解できる
SNSの登場により、誰でも簡単に発信できる場が生まれた今の時代だからこそ、余計に我々には分かる。
たしかに、やり方次第では自分が発信したことを世界中に広めることもでき、承認欲求を満たすための手段としては非常に魅力的だ。
だが、誰でも簡単に発信できる場だからこそ、近年問題視されている「バカッター」や「バカスタグラム」のような、承認欲求を満たすために反社会的行動を起こしてしまう現象が起こってしまう。

だから、特に今日を生きる我々にとって、ジョーカーへの変貌の裏にあったアーサーの心境を読み解くことは難儀ではない。


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結論

映画『キング・オブ・コメディ』のラストで、主人公のルパートがテレビ番組「ザ・ジェリー・ラングフォード・ショー」で自分自身の悲劇的な人生を面白おかしく語ることで番組視聴者からの笑いを誘発したシーンがある。
これは、自分から見たら悲劇的な人生が、他者から見たら喜劇であることを表している。
正に、「人生はクローズアップで見れば悲劇。ロングショットで見れば喜劇」というチャップリンの有名な言葉通りだ。
そして今作も、ゴッサムシティの人々から喜劇と見なされ揶揄われるアーサーが、その裏で苦しむ悲劇的な人生を描いている。


今作では我々観客は終始アーサー視点でアーサーの「悲劇」の物語を「主観」に近い立場で体験してきた
アーサーが登場しないシーンが今作にはほぼないことからもそれが分かる。
そのうえ、アーサー視点で語られた今作の出来事の、どこからどこまでが現実で、どこからどこまでがアーサーの妄想なのかを、我々観客が明確に断定することは難しい。
このように、我々はアーサーの妄想や、その妄想から覚める瞬間をもアーサーの視点で追体験するため、余計アーサーの「悲劇」を「主観」で味わっている気持ちになることができる。
よって、我々はまるでアーサーの気持ちになってその「悲劇」を理解したかのように物語に没入することができた。


そのうえ、孤独や精神疾患、承認欲求といった、アーサーが今作で抱えている問題は、どれも現代にも通ずるものだ。
だからこそ、我々は余計にアーサーの気持ちを理解できたかのような気持ちになってしまう。


しかし、どれほど「主観」に近い立場で「悲劇」を味わったとしても、結局我々は完全にアーサーの気持ちを理解することはできない。
というのも、我々が今作を鑑賞する際に一番近くで見ているはずのアーサーの肝心の感情を、我々は知る術がないからだ。
”発作的に笑いを起こす病気”を患っていたり、ピエロのメイクをしていたり、アーサーのその時の感情が分からない場面が多い。
だからこそ、我々観客は自分をアーサーの立場に置き換えて、アーサーの感情を推察するしかない。
そう考えると、「主観」でアーサーのことを理解できたつもりでいるだけであって、実は我々もゴッサムシティの人々と同様、あくまでも「客観」でアーサーを眺めているだけに過ぎない


我々がアーサーの「悲劇」を追体験したとしても、それを通してアーサーが何を感じたり思ったりしたかを理解することができない。
だから、アーサーがどこで、どのタイミングで、なぜジョーカーになったのかは、結局鑑賞後にも我々には分からない。
また、アーサーがどのような思考に基づいて行動するのかも我々には分からない。
それが、最後のアーサーの「理解できないさ」という言葉につながる。


メディアは、犯罪が起きるとその犯人の思考を解明しようとすることが多い。
犯人の思考が理解できないと怖いし落ち着かない、と言った考えを持つ人が多少いるからこそだ。
2008年に発生した秋葉原通り魔事件の犯人なんかも、その犯罪を理由づけるために「容姿へのコンプレックス」「非正規雇用」「オタク」などの分かりやすいレッテルをメディアは貼った。
ただ、犯人は自身の著書でそれらを否定している。

メディアが貼るレッテルは、結局ただの第三者の勝手な思い込みであって、実際には犯人のことを全く理解できていない。
結局、自分のことを理解できるのは自分自身だけだ。


今作がジョーカーの出自を描く作品だと知り、「理解できない」ジョーカーを何とか理解しよう、と思って劇場に足を運んだ人が多いはずだ。
だが、我々は今作を観て、アーサーのことを理解している気になれても、実際には真の意味では理解することができなかった
これはもちろん、製作陣が意図したことであったはずだ。
アーサーの「悲劇」を徹底的にアーサーの主観で描くことで、観客を「理解したつもり」にさせたことが、今作の最も巧妙な部分だったと感じる。
結局、アーサーがジョーカーになった理由は、アーサー自身にしか分からない




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